熊野古道 大門坂


「熊野古道」という名前の響きのなんと魅力的なことでしょう。
熊野のクマは「隈」つまり影のことで、「クマノ」は深い森に鬱蒼とひそむ地を意味し、そこには黄泉の国への入り口がある、とさえいいます。
その深淵の地へ通ずる、苔むす古い杉並木に守られた石畳は、まさに神話の物語そのもののようではありませんか。

趣きのある鳥居をくぐり俗世との境の小橋を渡ると、熊野古道で最も美しいと言われる石段の坂道、大門坂が始まります。
脇には小さな木枠に「杖立」の札があり、間伐を刈って枝をおとしたような野趣ただよう杖が数本、立掛けてありました。
古来より今まで、この坂をいったいどれほどの数の人々が行き交ったことか、その計り知れなさを語るように、踏みしめられ続けてきた石の表面はまるで磨かれたように滑らかで、すこしの雨で濡れてもたちまち足元をすくわれてしまうことでしょう。道脇に散見する杖立に、慣れない旅人へのさりげない気遣いが感じられます。


石畳の途中に、一つだけ「守屋」の文字が刻まれた石を見つけました。この道の改修に参加した人々のひとりが刻みつけたものでしょうか。
そういえば、熊野古道は遠く難波の四天王寺に西の端を発するといいます。かの寺は聖徳太子が物部氏討伐の誓願成就で建立したと伝えられますが、この刻印は、あるいはそれにつながる物語が隠されているものなのかもしれません。

形あるものは常に人が手を入れ続けないとやがて消え去ります。甚大な被害をもたらした台風は記憶に新しいところですが、古来より続いた幾多の天災人災を越え、悠久の時を今に守り伝えることはどれほどに難しいことだったでしょう。
熊野は「パワースポット」という流行りの言葉で呼ばれることもありますが、この場所を想う人の気持が集まって、その力が訪れる人をも元気にするのかもしれませんね。



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